国際貿易制度の中での女性の健康に対する権利の実現のためのガイドブ

Lack of Access, Lack of care
利用できない、医療がない状態に立ち向かう
国際貿易制度の中での女性の健康に対する権利の実現のためのガイドブック

目次
I はじめに
II 貿易協定が女性の健康に対する権利に与える影響

貿易協定が女性の健康に対する権利に及ぼす5つの影響及び活動者が知っておくべきこと

1. 知的財産権の貿易に関連する側面に関する協定(TRIPs)
2. サービス分野における貿易の自由化
3. 開発途上国から先進国への熟練労働者の国際移動
4. 健康を守るための国内の規制を、貿易が困難にしている
5. 女性の労働条件

III 女性の健康に対する権利を実現する国家の義務を果たす

女性の健康やリプロダクティブ・ヘルスに対する権利実現のための人権原則
非差別の原則、実質的平等、と健康に対する権利
健康に対する権利を実現するための国の責任

IV 人権やジェンダーの擁護者がいかに国際貿易協定に影響を及ぼしうるか

なぜ世界貿易機関を批判するだけでは充分でないのか
いかに地方での活動が世界貿易機関の国際協定交渉に影響を及ぼすか
女性団体ができること

活動者が問わなければならないこと

 付録A 用語集 
 付録B いくつかの関連する条約と貿易協定 
 付録C 役に立つ情報元

本書は、国連経済社会理事会にて、諮問資格が認められている国際NGO、International Women’s Rights Action Watch Asia Pacific (IWRAW Asia Pacific)が発行している、『IWRAW Asia Pacific Occasional Papers Series • No. 3  LACK OF ACCESS LACK OF CARE: A reference guide to women’s right to health in the international trading system』の翻訳であり、Liz Sepperさんが執筆したもので、Gigi Franciscoさん、Caroline Lambertさんの特別の支援のもと、作成されています。詳細情報は下記の通りです。

International Women’s Rights Action Watch Asia Pacific (IWRAW Asia Pacific) is an independent, non-profit NGO in Special consultative status with the Economic and Social Council of the United Nations (registered as IWRAW).
The IWRAW Asia Pacific Occasional Papers Series makes available emerging discussions and debates related to the organisation’s areas of work.
IWRAW Asia Pacific Occasional Papers Series • No. 3
This paper was written by Liz Sepper during her internship with IWRAW Asia Pacific in 2004. Liz is a law student at New York University School of Law.
Special thanks to: Gigi Francisco, International Gender and Trade Network – Asia (IGTN-Asia) •Caroline Lambert • Meg Satterthwaite, Center for Human Rights and Global Justice, New York University School of Law
© IWRAW Asia Pacific 2004
International Women’s Rights Action Watch Asia Pacific
2nd Floor, Block F, Anjung FELDA
Jalan Maktab, 54000 Kuala Lumpur, MALAYSIA
Tel: 60-3-2691 3292
Fax: 60-3-2698 4203
Email: iwraw-ap@iwraw-ap.org
Website: www.iwraw-ap.org
ISBN 983-42400-2-3


I はじめに

グローバリゼーションは紛れもない事実です。しかし私たちはその脆弱性を過小評価してきたと思います。問題は次のことです。市場経済は、社会や政治システムの道筋を誘導したにとどまらず、社会や政治システムが適応できる力を超えた速さで拡張しています。そのような経済と社会的、政治的領域の不均衡は持続不可能であると歴史は物語っています。。

コフィー・アナン国連事務総長

ウルグアイで貿易協定が調印されました。その一年後、何千キロも離れた国に住むある女性が市場に行くと米の価格が上昇していることに気づきます。彼女はため息をついて「う〜ん、値段が下がるまでお米を減らすしかないわね」と言います。しかし価格は上昇し続けます。彼女は、家族がもっと食べられるように、食事の回数を減らしました。ついに彼女は家計を補うため、仕事を探さなければと決断しました。そして運よく金属線を編んで電子機器会社に納品する内職を見つけることができました。しかしその内職のせいで腰痛を患い、指は痙攣し、まっとうな照明設備を整える余裕がないため視力も下がりました。ある日、目が覚めると、右目が見えなくなっており、急いで公立クリニックに向かいました。しかし受付で「医師に診察にはUS1ドルが要ります。」と言われました。「1ドルですって?私たちは何を食べてゆけばいいの?」と問わずにはいられなくなります。こうして彼女は公立クリニックではもはや無料では診察を受けられず、医師に診てもらうためにはお金を払わなければならなくなったことを知ります。1ドルといったわずかなお金でさえ、そのお金なしには食料や水を買えないと分かっているので、彼女はただ、次の日に目が覚めたら視力が戻り、病院に行かなくてもよくなっていればと願うことしかできません。

 これは架空の話なのですが、この女性の生活は世界中の女性たちの生活とかけ離れたものではありません。良きにつけ悪しきにつけ、この女性の状況は地方の政策や国の問題とされてしまうかもしれませんが、真実は、この女性が権利を行使し享受する際に影響を及ぼす経済状況は国家レベルではなく国際的なレベルのものです。というのも今や貿易はそのほとんどが世界的、地域的レベルで決定されており、一、二カ国の貿易相手国だけではなく、あらゆる国の個々の女性や男性の権利に影響を及ぼします。「グローバリゼーション」の過程、つまり世界市場の制度は、今や紛れもない現実となっています。おもに最初は世界銀行国際通貨基金IMF)の政策や国際的な経済政策のさまざまな側面、とくに国家間の貿易や投資に関する協定を通した経験を踏まえて、活動者がグローバリゼーションの悪影響をコントロールし、制限する過程に関わることが必要です。

グローバリゼーションの影響すべてが悪いとは限りませんが、グローバリゼーションは女性があらゆる範囲での権利、とくに経済的、社会的、文化的権利を主張する力に悪影響を及ぼしてきました。自由化と世界的経済戦略がもたらした重荷と恩恵は、国家間だけではなく、男女間でも不平等に分配されてきました。女性は貿易がもたらす負担を不均衡に重く負わされる一方、その恩恵を見ないこともしばしばで、その結果、人権を享受できない状況になっています。貿易協定が女性や女性の経済的、社会的権利の享受にもたらしがちなこの不均衡な重荷は、国際的貿易ルールと人権の対立を露呈させます。しかしこの対立は不可避のものではありません。人権やジェンダーの平等を推進しつつ、新たな貿易協定を策定することも可能です。

したがって、本冊子は貿易協定が人権に及ぼす影響すべての包括的な研究ではありませんが、活動者たちが貿易の課題について考え、人権と国際貿易上の義務を調和させるよう国家に圧力をかけるきっかけになればと願っています。本冊子は貿易と女性の健康に対する権利に焦点を当てていますが、活動者が貿易とその他の社会的、経済的権利に応用できるようなより一般的な分析枠組を目指しています。究極的には、女性の人権分野の活動者たちが、国際貿易と経済的、社会的権利への影響(好影響にせよ悪影響にせよ)を関連づけ、いかに貿易と人権が共存できるかの議論に政府を引き込むことができればと願っています。私たちの主張は明確であり、人権条約は貿易協定よりも優先すべきということです。

これらの目標に向けて取り組むための枠組みとして、本冊子はまず貿易協定と女性の健康に対する権利の関連を説明します。二番目に、健康に対する権利の原則や社会的、経済的権利の重要性を説明します。次に最も大切なことですが、三番目に女性が経済的、社会的、文化的権利を享受することを妨げる貿易協定の差別的影響に対して、政府が責任を果たすよう迫る手段を女性の人権の活動者たちに提供します。

貿易協定と健康は一見無関係に見えるかもしれませんので、本冊子は両者の関連を示し、女性が健康に対する権利を充分に享受するにあたって貿易が与える影響を明らかにすることから始めます。健康に対する権利 は、健康である権利ではなく、人が自分の健康と身体をコントロールし、「達成可能な最高レベルの健康を享受するために人々に平等な機会を提供する医療保障制度」 を利用する状況として理解されるべきがちです。結局のところ、ほとんどの人にとって貿易は商品、サービスの取引や、外国の特許への支払いを含む国家間の経済取引のみを意味し、貿易協定は貿易への関税や非関税障壁を緩和することを目指す国家間の合意としてのみ捉えられがちです。ほとんどの人にとって、貿易は市場へのアクセスが問題なのであって、問題となっているのは人権ではありません。貿易は本質的に人権の行使に悪影響を及ぼす 傾向があるのですが、公正なフェアトレードは人権の実現できる状況を創り出せます。たとえば、主要食料品の価格を上昇させ、医療の民営化を推進することで、国際貿易協定は女性が健康に対する権利を享受するのをより困難で割高なものとします。逆に公正で公平な国際貿易協定は、雇用を創出し、商品の価格を下げ、医療技術へのアクセスを高める可能性があり、それらはすべて女性の健康に対する権利に好影響を与えます。

世界で最も影響力のある貿易組織である、1995年に発足した世界貿易機関WTO)は、健康に対する権利の推進や妨害に大きな影響を及ぼします。改定された関税と貿易に関する一般協定(GATT)や、貿易関連知的所有権協定(TRIPs)、サービスの貿易に関する一般協定(GATS)といった最近の協定を遂行する責任を担う世界貿易機関には、2004年4月現在世界147カ国が加盟しています。二国間、地域内、多国間で協議されたあらゆる国際貿易協定の基準を定めることで、世界貿易機関はかつて貿易協定に関わっていた部門よりもより多くの幅広い部門に影響力を持っており、世界中の女性の経済的、社会的権利の享受にますます影響を与えています。その結果、世界貿易機関の貿易協定と健康に対する権利の享受は表裏一体となっています。

世界貿易機関の貿易協定における法律上の義務と、国際人権条約における法律上の義務の関連を説明するために、本冊子の第二部では女性の健康に対する権利を実現するための人権原則とこの点に関する政府の責務を説明します。私たちは女性の健康に対する権利に焦点を当てますが、多くの人権は達成可能な最高基準の健康の議論に関係します。健康に対する権利はその他の多様な権利を満たし、他の多様な権利により決定されるからです。水や住居や食料といった健康の決定要因は確実に、女性が健康に対する権利を主張、行使、享受する状況を生み出します。これらの権利、そしてそれ以外の公民権、文化的、経済的、政治的、社会的権利がどの程度尊重されるかにより、女性の人権の実現が可能となるか、差別されるかが決まります。人権は不可分で相互に依存するため、健康に対する権利は、生命権、プライバシーの権利、自己決定権と関係があります。同様に、国際貿易のルールが国家が人権を保護して経済的に発展する能力を蝕めば、国の発展への権利を損ねます。

公民権であれ、文化的、経済的、政治的、社会的権利であれ、あらゆる権利は相互に関連するものなので、女性の人権活動者たちが経済的権利や社会権を議論し、公民権と政治的権利は守られるものの社会権、経済的な権利がないがしろにされるという人権の階層化を固定化させる貿易政策の傾向に批判を唱えることが最も重要です。したがって健康に対する権利に焦点を当てつつ、本冊子は貿易協定と女性の人権一般の相互作用を検証する枠組みを提供します。もっとも大切なこととして、健康に対する権利を保障し、自由貿易と人権の対立を終焉させるために政府が貿易交渉の場においてこれら人権の責務を考慮に入れることが求められるのです。

したがって、本冊子の最後では、活動者たちが貿易と人権を理解し、政府に働きかけることの重要性に触れます。世界貿易機関と貿易協定が重要性や影響力を増す中、女性の人権活動者たちが経済的権利、社会権にグローバリゼーションが与える影響を理解することは必要不可欠です。とくに国際貿易協定は、時に取り返しがつかないまでに国の政策に転換され、国の政策を変えていくことを活動者たちは理解しなければなりません。また女性の人権を主張したり行使したりする取り組みは、グローバリゼーションや国際貿易との関わりを意識しつつ行われなければなりません。これまで女性のNGOは国連の活動推進に焦点を当ててきましたが、貿易協定に国レベルで影響を与え、政府に説明責任を求め、一見してジェンダーに中立な貿易政策の予期せぬ波紋を防ぐために女性の声が必要とされます。実のところ、本冊子のアドボカシーに関わるもっとも大切なポイントは、国レベルでの貿易に対する強力なアドボカシーの必要性と、国レベルでの貿易と経済に人権の視点を持ち込む必要性です。

II. 貿易協定と貿易協定が女性の健康に対する権利に与える影響

国際貿易協定は女性の健康に対する権利に偏った影響を与えますが、この影響は真空空間で生じるものではありません。国際貿易協定は、女性の健康に悪影響を与える最初の経済政策でもありません。世界銀行国際通貨基金IMF)が推進した構造調整プログラムはすでに、健康に対する権利の享受の内実を、もっとも脆弱な人たちへの基礎的医療へと矮小化しました。政府は国際貿易のルールにしたがって市場本位の医療を推進するため、これらの貿易政策と世界銀行の計画は政府の医療への歳出削減を誘導しました。その結果、現在、世界中の公衆衛生が深刻な状況に陥り、性別を問わず全ての人の健康に悪影響を及ぼしています。女性はその一部を構成するだけではなく、女性であるがゆえの影響も受けて二重に差別を被っています。貿易協定が女性の健康に対する権利に影響を与え、時に権利の享受に妨害するのは、このような状況においてです。そして女性が貿易協定の推進の際にもっと人権を享受することを可能とする活動者たちが取り組まなければならないのはこのような状況下においてです。

概して、女性の健康に対する権利は、医療の利用を困難にする貿易協定により、生物学的差異(性別)や社会的要因(ジェンダー)のために不均衡な影響を受けています。世界中で、女性は男性よりも多くの仕事の重荷を負っています。再生産労働と家庭の外での仕事をこなす中、女性は男性より長時間働き、自由時間がずっと少ない傾向があります。それに加えて、水を運んだり、洗濯をしたり、子育てをしたりする、再生産労働の中で、女性はよりストレスを受けやすく、ストレスに関係した怪我を負う可能性が高いです。 重労働と余暇の欠如により女性は栄養失調や感染症、病気にかかりやすくなり、とくに妊娠中や出産時にはその傾向が顕著になります。 医療が利用できる場合、女性は生物学的、生殖機能からより多く医療設備を利用しなければならないことが多いです。したがって医療の利用が限られてしまう場合、女性が健康に対する権利に関して実質的平等を達成する機会はさらに侵害されます。

また、どの社会においても公的資金、民間資源の利用の仕方は、性別により異なります。経済的、物理的資源に対する女性の立場は弱い立場であることが多いです。昔から年少の子どもや病人の世話をする女性の役割は有給雇用につく機会を制限し、女性の有給雇用は価値の低いものとされてきました。 その結果、女性は世界の貧困層の70%を占め、貧困に起因する不健康に苦しみ、不健康であるがゆえにより病気にかかりやすかったのです。一般的に、裕福な家庭においても女性は家族の資産に関する意思決定権が与えられていません。一年間で医療に費やすお金がUS21ドル以下の開発途上国では、女性が資産を利用できないことにより、大多数の女性が日常的な医療や性や生殖に関わるサービスを受けることができません。

女性への差別的な慣習も、医療の利用をさらに難しいものとします。多くの文化では、経済的に厳しい状況において、女性や女の子はカロリー摂取を控え、受診を控えることが求められます。恵まれた状況においても、女の子は性と生殖に関して適切でないカウンセリングを受け、病気の予防についても男の子よりおざなりにされがちです。 医療における女性への差別、とくに性感染症の治療における女性差別は、女性がHIVやその他の性感染症から自身を守る能力を妨げています。

それに加えて文化的偏見のせいで、女性が安全な性行為や性と生殖に関わる行為に関して意見する力が発揮できません。たとえばある調査では、ケニヤでは、女性用コンドームの使用が御法度とされています。女性が使用することを望まないからではなく、「女性に自由を与えすぎて、男から男へと「遊びまわる」のではないか」 との危惧からです。この種の文化的偏見により、女性は男性よりも性感染症にさらされる危険性が高いです。すべてのアフリカ諸国において、エイズ危機は女性にもっとも大きな打撃を与えています。エイズ患者の60%は女性で、性行為をしないことやコンドームの使用を選べないこともしばしばです。 これらの理由から、例えばザンビアでは15〜19歳の女性は、同じ年齢層の男性よりもHIVに感染する確率が5倍ほど高くなっています。

したがって、いかに貿易政策が健康に影響を与えるかについてのデータの集積や分析は今後の課題ですが、健康に対する権利を享受することを妨げる政策はすべて、女性がその負荷を負わなければならない可能性が高いです。女性は経済的な資産や意思決定権を持つことができず、生殖機能を備え、より多くの仕事を抱え、より多くの差別も体験しなければならないため、女性の健康に対する権利は国際貿易の過程の中で、明確に守られ認められなければなりません。したがって貿易協定の交渉において、健康に対する権利が考慮されるとすれば、女性がもっともその恩恵をうけるだろうと、健康に関する国連特別報告者は発言しました。 実際、いくつかの貿易協定や政策の分析は、貿易協定の交渉の場において健康に対する権利を考慮する切迫した必要性があること、そして健康にまつわる問題を考慮せずに貿易協定が結ばれる場合、男性よりも女性のほうが健康に対する権利を損なわれていることを示しています。

貿易協定が女性の健康に対する権利に与える5つの影響、と活動者(advocates)が知っておくべきこと

1. 貿易関連知的所有権に関する協定

知的財産権は一見、女性の健康に対する権利や人権とは関係がないように見えますが、知的財産権は女性の社会権、経済的権利の享受に直接影響を与える可能性があり、実際、女性の権利の享受に影響を与えています。まずもっとも明らかなのは、特許権の保護です。特許権の保護は、先住民が長い間用いてきた薬や自然の過程を、大企業が特許権として取得することを許可しました。これにより、先住民はこれらの薬から利益を得ることができなくなり、自分たちの知識がどのような形で用いられるかを決定できなくなりました。このため、多くの文化において治療者であり、昔から伝えられた薬の知識を保持する女性たちに大きな打撃を受けました。例えばペルーでは、月経痛を癒すために女性の治療者たちが用いていた、猫の爪という薬草の特許権を製薬会社が取得しました。この特許権の取得は女性治療者の権利と女性たちが薬を利用する権利に影響を与えます。先住民によって用いられていた種子に対しても特許権が与えられ、改造され、先住民が種子を用いる権利や、種子を用いて作った商品を市場で販売する権利に影響を与えています。

二番目に、知的財産権としての特許権は、低価格とその結果としての広範囲の商品の利用を容認しません。この特許権による独占は、最新の携帯電話の技術に適用される場合には問題とはなりません。しかし、マラリアHIV、家族計画薬のように人びとが健康に対する権利を享受するために必要な製品の場合、特許の保護は人権の享受の妨げとなります。生きるために必要であっても、薬が高すぎて買えなくなります。

知的財産権とは?

知的財産権とは、発明やアイディアに対して、有形物に対する所有権と同様に、法的保護を与えます。財産法が、他人の車を盗んだり、借用したり、損壊したりすることを予防したり処罰するのと同じように、知的財産法は人びとが他人のアイディアを盗用したり借用したりするのを防ぎます。知的財産権を得るためには発明や芸術作品や名称を政府に登録しなければなりません。登録された知的財産権には以下の主に3つのカテゴリーがあります。(ある製品やサービスを識別する)商標、(発明に対する)特許、(文学、音楽、芸術作品に対する)著作権です。知的財産権保護の目的は、創造性を奨励し、新しいアイディアに報酬を与えることです。金銭的な報酬なしには、人は研究や発明に時間を捧げたりはしないという考えです。知的財産法の理論は、社会に革新をもたらす創造性を奨励することと、低価格で利用しやすくなるように競争を促すことの微妙なバランスを内包しています。

貿易関連知的所有権に関する協定(TRIPs)の導入と健康の保護に対する柔軟性

1995年に施行された貿易関連知的所有権に関する協定(TRIPs)は、国際貿易協定にもたらされた最初の知的財産権に関するルールとなりました。貿易関連知的所有権に関する協定(TRIPs)において、世界貿易機関に加盟した加盟国は、加盟した段階で、自国における知的財産権に関する法令を貿易関連知的所有権に関する協定(TRIPs)の条項に従ったものに修正しなければなりません。後発開発途上国世界貿易機関に加盟申請をしてから法律を整備するまで10年間の猶予期間が与えられました。(のちに2016年まで延長されます。)その結果、最終的に世界中で統一された知的財産権が確立され、製品や過程の特許 の保持者に20年間の保護が与えられることになります。

貿易関連知的所有権に関する協定(TRIPs)の多くの条項は、その国個別のニーズに合わせる柔軟性も許されています。たとえば第40条は、不正な商行為に対して対抗措置をとることを認めていますが、その解釈は国に任されています。健康を守るという国の能力を定めた第27条は「人や動物や植物の生命や健康を守る」ために必要な場合、特許の保護から除外することを認めています。第8条は加盟国に「公衆衛生を守り、栄養を確保するために必要な手段を講じる」ことを認めています。2001年11月には大々的に称賛を浴びたドーハ宣言とともに、世界貿易機関の加盟国は特許保護よりも優先される強制実施権を発令して健康課題に取り組む国の権利を認めました。簡単に言うと、薬が不足し、または不当に高価な価格で取引されているために薬を入手できない場合、強制実施権は、政府が特許保護下で商品登録を行っていない製薬会社に薬の製造を認めることができるというものです。また強制実施権は不正な商行為の是正や、公の場での非商業的利用のために用いることができます。

ドーハ宣言のほぼ2年後に、世界貿易機関は国に薬を製造する能力がない場合どうするかという問題(いわゆるパラグラフ6問題)を解決しました。この問題は強制実施に基づく製造は主に国内市場のためのものでなければならないとする第31条(f)から来るものです。薬を製造する能力のない国が、他の国のノーブランドの製薬会社に強制実施を認める場合、製造された薬のほとんどが国内市場で消費されなければならないため、輸入の需要を満たすことができないかもしれません。世界貿易機関は、簡単に言うと次のような決断を下しました。製薬を製造する能力が不充分あるいは欠けている国はまず世界貿易機関に通知し、ジェネリック(ノーブランドの)薬の流用に対する措置をとることにしました。ほとんどの場合、輸出国と輸入国での二つの強制実施が必要となります。輸出国の製薬会社は、依頼された分量のみを製造し、色やラベルではっきりと見分けられるようにして、そのすべてを輸出しなければなりません。

貿易関連知的所有権協定(TRIPs)の問題点

貿易関連知的所有権協定(TRIPs)では、名目上は、政府は健康に優先順位をおく権利が与えられていますが、ドーハ宣言以降においても、政府が健康を守るのを事実上妨げる深刻な現実の問題に当惑させられています。世界貿易機関のパラグラフ6の決定は、TRIPsにおける健康の保護に関してもっとも新しい展開です。この世界貿易機関のパラグラフ6の決定に関する主な問題は、ジェネリック(ノーブランド)の製造能力のある国々に輸出の認可を与えるということです。つまり、ジェネリック(ノーブランド)の製造能力のある国々は、輸出の認可を行う前に、まず輸出の認可のための立法を通過させなければなりません。これまでのところ、そのような立法を通過させたのはカナダだけで、その際市民社会からのかなりの圧力を受ました。 必要な立法が成立しても、薬ひとまとまりごとに見分けられるようにし、ひとまとまりごとに強制実施の申請をしなければならないという外見上の要件は、ジェネリック(ノーブランド)の製薬会社が強制実施の下で薬を製造するのを遅らせます。 概して「運用するには断片的で、不明瞭で、困難」 なTRIPsは、開発途上国ジェネリック(ノーブランド)の製薬会社にとっては運用するには複雑すぎます。

もっとも重要なこととして、TRIPsはジェネリック(ノーブランドの)薬の導入を遅延させ、治療費を上昇させます。 TRIPs条文の柔軟性にもかかわらず、TRIPsが履行されると、健康に対する権利を守るための費用は確実に上昇します。 薬の値段は2倍以上に上がると予測され、多くの薬は経済的な理由で利用できなくなってしまいます。 特許薬は限界費用の20倍から100倍の価格で取引されるため 、(強制実施であるかどうかは問わず)ジェネリック(ノーブランド)の導入は価格を下げ、薬を入手しやすくする唯一の方法であることを過去の経験が示しています。

同じように、国連エイズ計画(UNAIDS)において多くの成果があり、製薬会社は薬の価格を下げることを約束しましたが、国際共同調達の取り組みが貧困国へのワクチンと避妊薬の価格をそれぞれ33倍、240倍に引き下げたのに対し、6.7倍の引き下げしかもたらしませんでした。 したがって、20年にわたって製薬会社を守るためにジェネリック(ノーブランドの)薬の導入を妨げてきたことによる価格の上昇は避けがたいです。

TRIPsの規定によると、20年の期限が切れてもジェネリック(ノーブランドの)薬の導入を制限する効力があります。というのも世界貿易機関は、特許の期限が切れる前にジェネリック(ノーブランドの)製薬会社が薬を貯蔵することを国が認めないよう定めているからです。この決定は市場へのジェネリック(ノーブランドの)薬の導入を遅らせます。広義に解釈すると、TRIPsの第39条3項は、政府が販売承認データに保護を与えることを要求し、ジェネリック(ノーブランドの)薬の利用をさらに遅らせる可能性があります。また企業にとってはそのデータを作成するための時間やお金を費やさなければならない可能性があることを意味します。

引き続く薬の価格の上昇はHIV/AIDSといった健康の危機に悲惨な結果をもたらし、女性の健康に対する権利と性や生殖に関する権利に直接影響を与えます。たとえば製薬会社が「女性にとってコントロール可能で、HIV/AIDSを含む性感染症や望まない妊娠を防ぐ唯一の製品」とする女性用コンドームは、多くの国々において特許権の保護を受けており、競争がないため、男性用のコンドームよりも高価です。 同様にウガンダでは特許保護を受けている抗レトロウイルス薬は政府にとって法外に高価格となっているため、現在供給が不足しがちになっています。その結果、強かんのサバイバーの暴露後の予防(PEP)としての利用すら広範囲ではできなくなっています。抗レトロウイルスの特許保護も、女性の健康に対する権利や性や生殖に関する権利に直接影響を与えています。 同じくウガンダでは、家族がその家族全員の治療費を払えない場合、男性のみが医療を利用している場合がほとんどです。 そのため女性は医療を受けられなくなってしまいます。TRIPsにおける特許保護は薬の価格に影響を与えるだけではなく、薬の価格の上昇は基礎的医療やその他の公的制度に利用できる資金の金額を減らしてしまうため、女性の医療一般に影響を与えます。(とくに75%の薬が公的、民間保険でまかなわれている先進国において)

TRIPsを人権に即した形で実施する

TRIPsは内包するすべての問題にも関わらず、健康を守るという国の責務に従うかたちで実施することも可能です。 TRIPsの柔軟性をフルに活用し、製薬会社との交渉やジェネリック(ノーブランドの)薬の生産に最大限に用いることで、開発途上国は研究開発を促す特許保護を与えつつ、市民の健康に対する権利をうまく保護できる余地があります。実際、ブラジルはTRIPsと既存の人権法の責務の双方に沿ったかたちで知的財産法を施行することに成功しました。ブラジルが達成しているHIV/AIDSに対する戦略は、多くのラテンアメリカ諸国、またそれ以外の国々で達成可能なものであるため、例外としてとどまるべきではありません。

今後の貿易協定におけるTRIPsプラス条項の危険性

アメリカの攻撃的な貿易政策は、開発途上国が健康に対する権利を守り、感染症の蔓延をせき止めるのを妨げる脅威となります。ドーハ宣言以降、健康に対する権利が知的財産権の規定より勝ることが確認されましたが、アメリカはTRIPsで求められているものよりもより広範囲にわたり規制の強いTRIPsプラス条項をいくつかの地域協定、二国間協定に組み入れました。これらの貿易協定におけるTRIPsプラスの知的財産権は、TRIPsやドーハ宣言に述べられている健康に対する権利を覆すものです。 これらのTRIPsプラス規定は、ジェネリック(ノーブランド)薬品の利用を厳しく制限することで、薬の価格を800%まで上昇させる可能性があります。 アメリカは、世界貿易機関に対して、ブラジルの法律がTRIPs協定と合致していないのではないと申し立てるといった脅威(世論を受けてその後断念されましたが)や二国間ルートを通してブラジルにTRIPsプラス法令を導入するよう圧力をかけようとしているため、うまくいっているブラジルのTRIPsの運用すら危険にさらされています。

2. サービス分野での貿易の自由化

人権の視点から重要な問題は、自由化が人権を推進するかどうかということではない。むしろ人権の保護を確かなものとするために、いかに自由化の形態と速度を決めるかということであり、うまくいっていない政策をいかに覆すかということである。

国連人権高等弁務官

この項では、最近の現象であるサービス分野での貿易の自由化が、女性の健康に対する権利にどのような影響を与えるかに焦点を当てます。もちろん商品の貿易の自由化、つまり海外からの商品に市場を開放し、海外の市場に商品を提供することは、たとえば主要食料品の価格を上げたり(下げたり)、新たな雇用を創出したり、小規模農場を閉鎖に追い込むなどして人権の享受に影響を与えてきました。この項では、サービス分野での貿易の自由化に焦点を当てます。その理由として、商品の貿易の自由化は多くの国々で長年にわたって行われてきたこと、そして、その犠牲と恩恵については激しい議論が争われてきたけれども測定が難しいということが挙げられます。最も大切なこととして、サービス分野での貿易の自由化は新しくまだ発展途上である側面から、健康に対する権利の実現と調和した自由化を確実にするために、抑制、監視が可能ということが挙げられます。したがって、ここではとくにサービスの貿易に関する一般協定(GATS)下における、サービス分野の貿易の自由化に焦点を当てます。

サービス分野の貿易における自由化

簡潔に述べると、サービス分野の貿易の自由化は、サービス業を外国企業に開放し、サービスを提供するにあたって、外国企業が国内企業や国と競争することを容認することをいいます。サービスの自由化は貿易協定のみによって生じるものではありません。自由化は国際通貨基金IMF)や世界銀行の構造調整プログラム、競争への欲望、公的収入の低下といったさまざまな力によってもたらされます。しかし、貿易協定は確実に自由化を促進しその後押しをします。とくに1995年に世界貿易機関の創設とともに施行されたサービスの貿易に関する一般協定(GATS)は、かつては国際貿易に属さないと見なされてきた広範囲にわたる経済活動を網羅しています。

国際通貨基金IMF)や世界銀行のプログラムをイデオロギー的に継承しつつ、GATSのサービスの自由化は、健康に対する権利の享受にもっとも直接的に影響を与える可能性があります。サービスの自由化が、テレコミュニケーションといった分野で恩恵があった半面、外国企業のみの利益になってしまった分野もあります。まさにサービス分野の貿易の自由化の危険性は、市民に基幹的なサービスを確実に提供することよりも、企業に財政的恩恵をもたらすことに国が専念することを要求するかもしれないということにあります。したがって、サービスの中には民営化しないほうがよいものもありますし、民営化するにしてもまず広範囲にわたる分析を行う必要があります。というのも水や医療、衛生や教育が自由化された場合、社会権や経済的権利がないがしろにされることがあることを過去の経験が示しているからです。GATSは医療や水や教育といった基幹的公共サービスの民営化につながる可能性があります。GATS下での自由化の約束は注意深く扱われなければなりません。というのもGATSの最大の問題は、経済生活でさまざまな形であらわれてくる自由化の傾向にではなく、自由化を段階的に拡大し、後戻りができなくしてしまうことにあるからです。

GATS下のサービスの自由化の危険性

a. 後戻りはできない:撤回できない民営化への約束

もっとも重要なのは、GATS下で約束されたサービスは、拘束力があり事実上撤回できないことです。誓約が交わされてから20年、サービスはそのまま固定します。加盟国には3年後に誓約を変更する選択肢がありますが、実際に変更を行うのは現実のところほとんど不可能です。というのも変更を使用とする国は、もともとの誓約から利益を被るであろう個々の世界貿易機関加盟国に、金銭的な補償をするか、新たな誓約によって埋め合わせなければならないからです。 世界貿易機関の助言を求めずに行われた変更に関しては、紛争案件に関するパネルに持ち込まれ、世界貿易機関の要求に応じ、永久的損傷の代償を払うか、経済制裁を受けることを余儀なくさせられる可能性があります。 たとえば国が水の自由化を約束したとします。そして外国企業が水を供給する契約を交わします。その契約の結果、水の価格が上昇し、その国の人たちが抗議をし、国が自由化の誓約を撤回した場合、進出企業が所在する国は、誓約の撤回に対して異議申し立てをし、損害賠償(企業が実際投資した小額の金額ではなく、企業が契約期間中に稼ぐであろう金額の賠償)や別の誓約を要求できます。

b. 増え続ける約束:交渉とより一層の民営化

現在、多くの国々がGATSの下で医療を提供しています。 GATS第19条は「漸進的でより高いレベルの自由化を目指した継続した交渉」を命じているため、その数は増え続けます。GATSの下では、新たな部門が開放される前に、加盟国がその国の利益を訴える自由化の要望と提案(request-offer)の過程が設けられています。ここで先進国は、言うまでもなく開発途上国に対し無理難題をつきつける危険性があります。事実、北の国々は南の国々が教育、環境、医療、社会的サービスを自由化させることに対して、積極的な関心を抱いてきました。したがって健康に関する特別報告者は、強力な貿易相手国からの圧力は「貿易の自由化への持続不可能な約束」につながり、「「事実上、健康に対する権利を実現する国の力を弱めてしまう」 危険性があるとの懸念を表明しました。GATSの下での新たな誓約の危険性は決して、途上国のみにとどまるものではありません。事実、、多国籍企業は、欧州連合のほとんどの国において、公共サービス費用が国内総生産に占める割合が15%にも達していることに攻撃をしかけようとしています。

c. 不明瞭な条項:公共サービスへの脅威

GATSの支持者は、サービス部門の市場が開放されたとしてもGATSは「政府管理下で供給されるサービス」を除外するため、公共サービスには影響はないだろうと主張します。ここでいう「政府管理下で供給されるサービス」とは、「商業ベースで供給されたり、別の単数あるいは複数のサービス業者との競争下において供給されないサービス」 と定義されています。しかし、政府が徐々に国際通貨基金IMF)や世界貿易機関の指揮の下、かつては政府の管轄下であったサービスを自由化させるにつれ、公的資金や民間資金が混合したり、公共サービスの一部を外注する場合に(公立病院における配膳や清掃業務など)、そのサービスは公共サービスとしてではなく、「単数あるいは複数のサービス業者との競争下にある」 サービスとしてとらえられがちです。GATSにおけるこの条文での用語はまだ明確にされていないため、不明瞭で広義に解釈されるGATSの文体は、サービス業の市場開放の結果をより見きわめがたいものにする可能性があります。

医療の自由化が健康に対する権利の享受に及ぼす結果

a. 概論

多くの国々が行ってきたように、政府が医療の自由化を推進する場合、健康に対する権利への影響はとても深刻なものになりえます。まず民営の保健部門の拡大は、医療制度全体を切り下げる傾向があります。本質的に最も経験を積んだスタッフや富裕層の患者を公的制度から引き離してしまうことで、民営の保健部門は相互支援を放棄し、「クリームをすくいとって」(貧困層重篤なケースを公的病院に集中して置き去りにして)しまいます。 たとえばブラジルでは、医療の自由化は人口の25%の富裕層が12万人の医師と37万床の病棟を利用できるのに対し、残りの人口75%は7万人の医師と56万5千床の病棟で対処しなければならない状況に陥っています。 チリでも自由化は公的医療制度にひどい結果をもたらしています。医療資源が極端に少なくなり、チリの70%の人口の医療ニーズに応えられない状態になっています。 その結果、医療はチリのあらゆる人びとにとってより高価なものとなり、自由化以前の1974年には医療費の19%が利用者により支払われていたのに対し、1989年には医療費の81%が利用者により支払われています。 歳入の減少を埋め合わせるために、利用費との名目で費用を利用者に転嫁することに自由化は帰結してしまうことがしばしばです。このような利用費は、医療を利用するのをとても難しくしてしまい、とくに女性にとって健康の悪化につながります。

b. 女性の健康にとって

全般的に、女性の健康に対する権利の享受は、医療の自由化により不均衡な影響を受けます。まず女性労働者は、男性労働者と比較して同じような社会保障を受けることが少ないです。というのも、女性たちの仕事は医療保険の適用がされない契約下での労働であったり、パート労働であったりするからです。 農村地帯の女性は、民営化が進むと、農村地帯では医療がまったく受けられなくなりがちであると研究調査が示しています。というのも「医療提供者は、都市部のリスクが少ないエリート層をすくい取り、エリート層だけに医療を提供することに満足してしまい、質の低下した公的制度が残りのすべてに対処するのを任せてしまう」 からです。農村の女性たちはこの損失の影響を大きく受けます。というのも、他の医療を利用する資源や交通手段がないことが多いからです。これは事実上の差別であり、数々の人権条約や、女性差別撤廃条約(CEDAW)における農村女性の健康に対する権利の侵害に当たります。

自由化とその結果としての経済的、物理的に利用しにくい医療サービスは、女性にさらなる負担をかけます。自由化される以前から女性の健康は、自由時間が限られていることから、男性と比べて不平等な負担を負わされています。医療サービスが利用しにくくなると、より一層女性の時間と労力に負担をかけます。実際、家族が病気になり経済的に医療サービスを利用することができない場合、女性や女の子がその分の仕事をしなければならなくなり、病人の世話をしなければならないこともしばしばです。たとえばカナダでは、5人に1人の女性が1週間当たり平均28時間家庭内で家族の世話をしています。そのうちの半数は家の外でも仕事をしており、そのすべての女性が「かなりの緊張」 を強いられています。

健康の決定要因について自由化することが、女性の健康に対する権利に与える影響

水道水や公衆衛生といった健康の決定要因分野での自由化は、女性の健康に対する権利に多大な影響を及ぼします。開発途上国において、女性と女の子は水の運搬に毎年400億時間費やしています。 水の運搬を通して、女性と女子はマラリアや水に関連した疾病に罹患する危険性にさらされ、リプロダクティブ・ヘルスに影響を及ぼしています。商品の利用を容易にし、価格を下げうる商品の自由化と対比すると、水の民営化によって水道水が利用しやすくなることはなく、そのかわりに水の価格を大幅に引き上げます。水の供給は自然と独占されていることから(水道管は一本のみであるため、水道水の供給元は一つだけとなります)、水道水の自由化は競争を促すことはなく、別のサービス業の自由化に見られるようには、価格を引き下げることにはなりません。水道水の契約の入札の際に競争があったとしても、私企業が契約を結ぶと契約期間中には競争はなく、価格は下がりません。水の価格の上昇により、女性はより遠くの安全ではない場所から水を運ばなければならないことになり、家族や女性自身の健康を危険にさらします。 また私企業は水圧管路や水道水を利用できる範囲を広げるために必要な巨額の資金を費やすことには乗り気ではないので、水道水の自由化により水はより利用しにくくなり、水を利用する権利やそれと相互に関連するそのほかの健康に対する権利の実現をさらに妨げます。

3. 熟練労働者の開発途上国から先進国への移動

国際貿易協定やとくにGATSは、熟練労働者の開発途上国から先進国への移動を増加させるため、女性の健康に対する権利の享受が悪影響を受ける可能性が高いです。看護師や医師が開発途上国を離れる数が増加すれば、女性たちは医療を利用しにくいと感じるようになるでしょう。

また、訓練を受けた医療従事者の喪失と新たな医療従事者の訓練に費やす経費という、経済的重圧に国が直面しなければならないため、医療やそのほかのサービスへの資金が減少するでしょう。概して女性の医療の利用は、減少する可能性が高いです。

民営化による医療従事者の公共部門から民間セクターへの移動を促進することに加え、GATSは自由な「自然人の移動」を認めて、サービス業の労働者の国際移動を促します。高い教育を受けた労働者の開発途上国から先進国への移動はGATS以前にも存在しました。その国際移動は先進国における高賃金や有利な労働条件が少なからぬ動機となっています。GATSは「貧困国から先進工業国にもっとも優れて優秀な人びとを受け入れ、高い技術を持たない人びとに対して壁を築くよう促して」 います。高い技術を持ち訓練を受けた労働者を流出させ、未熟練労働者だけが残ってしまい、高い教育を受けた人びとを国から奪ってしまうため、この現象は「頭脳流出(brain drain)」として知られるようになりました。開発途上国における医療関係者のいわゆる頭脳流出に対しては、新たな医療従事者の訓練のための経費として、少なく見積もっても毎年US5億ドルが必要です。 多くの開発途上国において、医師や看護師の喪失は、危機的な水準に達しています。たとえばジャマイカでは、多くの看護師が北アメリカで働いているため、50%以上の看護職に空きがある状態です。 また、アメリカにおける医師の38%はインド出身で、インドの医療従事者の数を減少させています。

医療における「自然人の移動」の自由化は、女性にとって利益にも不利益にもなりえます。人の移動は失業率を低下させ、海外からの送金を増加させます。 サービス業の従事者、とくに医療関係者が女性に多い傾向があるため、失業率の低下や先進国における高賃金により恩恵を受けることができるかもしれません。しかしその反面、移民労働者は地元の労働者より社会保障が脆弱で不安定な基盤で雇用されていることが多いです。また医療部門での移民労働者の流入は通常、地元の労働者(これまた女性)の賃金を引き下げます。それに加えて、過剰な移民の流入は送金に過度に依存することにつながり、国によっては不平等を拡大する可能性があります。というのも、移住のための費用を賄えるのは高収入層のみに限られていて、開発途上国に残る女性たちに悪影響を与えているからです。 人員の不足などにより医療サービスが縮減されると、開発途上国の女性たちは健康に対する権利を享受できなくなります。開発途上国の住民にとって、悪影響の可能性や医療の落ち込みは、(海外からの送金といった)利益をしのぐ可能性が高いです。

4. 貿易が健康を守る国内規制をおびやかす

女性が健康に対する権利を享受するのに最も直接的に脅威となるであろう貿易協定の側面には、健康を守るための国の規制を法的におびやかすことが挙げられます。このような法的脅威は、貿易協定が、国際貿易解決パネル(どの協定において訴えが申し立てられているかによりますが、通常、世界貿易機関やその他の地域貿易協定の争議委員会)の前で、他国の法的規制を「貿易を制限しすぎている」と異議申し立てをする権限を付与していることにより生じます。「貿易を制限しすぎている」とされる規制は、貿易への関税障壁や外国企業を効果的により分ける許可要件といった非関税障壁のみに関係するよう思われるかもしれません。しかし貿易を制限しすぎているとの申し立てを受けた規制の中には、石油への発がん性添加物の禁止や、タバコの広告、ベビー食に健康な赤ちゃんのイメージを用いること(より長期にわたる授乳を促し、健康な子どもが育つようにするため)などが含まれています。これらの法的な異議申し立てによって、健康に対する権利の享受を目減りしてしまう可能性があり、人びとの健康に対する権利を守るという国の権能を深刻に制限する可能性があります。世界貿易機関では、単数あるいはいくつか複数の協定の下、そのような脅威が発生する可能性があります。

GATSにおける脅威

女性の健康に対する権利にもっとも数多く、さまざまな問題を提示する貿易協定であるGATSは、医療規制にも脅威を与える余地があります。GATSの提唱者たちは、国はGATS第19条のもと健康について規制する自由があるとのは主張してきました。第19条は、この条項がなければ協定に違反するかもしれない手段により人や動物や植物の生命や健康を保護することを国に認めています。しかし実際には、GATSは国が規制する力を蝕むように解釈されてきました。事実、GATSにおいて健康を保護する規制が残ったのは、過去一度きりです。それは、毒性が長年にわたり調査されて証明されてきたフランスのアスベストに対するカナダの申し立てでした。この事例は人の健康への脅威について周知されている化学物質のみがGATSの自由化による開放の脅威を切り抜けられることを示しています。 それ以外の場合、貿易争議解決パネルによるGATSへの申請は、健康への危険性が疑いの余地がないことを証明されていない限り、自由貿易が健康を踏みにじってきました。

衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS)

食物の安全や、人、動物、植物の健康を保護する規制を管理する、衛生植物検疫措置の適用に関する協定は、市民の健康を守るという国の権限に直接影響を及ぼします。実際、衛生植物検疫措置の適用に関する協定は、衛生法規は科学的根拠に基づかなければならないとし、世界貿易機関で唯一立証を重んじる協定です。 国が危険を避けるために製品を規制したり、製造禁止したりする場合、この協定では結果として生じうる被害の科学的証明が必要となります。科学は確実性ではなく可能性を扱うため、原因と結果についてかなりの科学的証拠を要求する貿易規制は、警戒を示唆する有力な証拠があったとしても、満足なものとは見なされない可能性があります。したがって、生じうる健康被害を防ぐための規制は概して、貿易協定への侵害と見なされてきました。

たとえば、世界貿易機関の争議パネルは、動物実験でホルモン治療を受けた牛のがんの発生率が高くなることが充分に研究されているにもかかわらず、欧州連合のホルモン治療を受けた牛の禁輸はSPS違反であると決定しました。そのような決定を下すことで、世界貿易機関委員会は、衛生法規が多数の科学的意見に基づくべきであるとし、予防原則を経過措置に制限しました。 この決定により、1999年だけでEUアメリカによりUS1億2,000万ドルの貿易制裁を受けました。 もっとも豊かな国だけしか、健康を守ろうとする努力の代償を支払うことができないことをこの事例は示しています。事実、高い証拠基準と重い経済制裁の可能性から、SPSの異議申し立てをされるかもしれないという脅威だけでも、多くの国々がその悪影響について知られてきてはいるものの、まだデータが充分ではない予防的な衛生法規を実施するのを妨げる可能性があります。EUの農業分野におけるバイオ技術製品の販売一時停止に対する、アメリカの最近の異議申し立ての結果は、世界貿易機関委員会がSPSにおいて衛生法規をどのように扱っているかに関して、さらなる助言を与えるはずです。

貿易への技術的障壁に関する一般協定(TBT)における申し立て

貿易への技術的障壁に関する一般協定も、衛生法規に対して困難をもたらす可能性があります。法規が必要以上に貿易を制限してはならないとすることで、協定は国にとって証明することが難しい「必要」という基準を設けています。SPSと同様に、ある種の貿易を制限する必然的結果のある衛生対策が、不必要な制限であると異議申し立てされる可能性があります。それ以上に、世界貿易機関は保健機関にではなく、産業ベースの国際標準化機構(ISO)に何が必要な基準であるかを策定する権限を与えています。

女性の働く環境

自由貿易が女性の健康に対する権利に与える影響としてもっとも知られているのは、開発途上国の輸出加工区(EPZs)における不利な労働環境です。その大半が輸出のための生産用に確保された地区である輸出加工区は、外国企業に独占されており、低い労働基準で悪名高いです。外国企業を引き寄せるために、国の政府はEPZsのみに適応される免税の地位や、免税期間や低い環境基準、健康基準、労働基準といった誘因を設けています。 1960年代にもすでにいくつかの輸出加工区が存在していましたが、その数はここ20年間に大幅に拡大しました。したがって輸出加工区やその不健康な労働条件が生まれたのは、貿易協定のみに原因があるわけではないのですが、貿易協定は確実に輸出加工区の拡大や輸出加工区への投資の増加に寄与します。国が独自の労働法を施行させること(あるいは施行させないこと)により、貿易協定は職場での低い健康・衛生基準を促します。

メキシコにおいては70%、グアテマラにおいては90%を占める輸出加工区における労働者の大半は女性ですが、この女性たちは男性たちよりも多く、より劣悪な労働条件の下、働いています。自由貿易の性別による異なる影響は、もっとも人気がなく賃金の低い労働は女性が担っていることに表れています。

それに加えて、女性は生殖機能が理由で差別を受けることがあります。妊娠中に差別されたり、不当に扱われたり、職場における毒性物質の影響で生殖機能や妊娠に関連する病気を患うことがあります。これらは、貿易協定により生じる状況と、女性の健康に対する権利やリプロダクティブ・ライツの享受への障害との関連を明らかに示しています。

女性の健康に対する権利を実現すべき国家の義務の遵守

宗教の自由や公正な裁判を受ける権利のように、国際的な法的地位があるにも関わらず、健康に対する権利はこれらの権利やその他の公民権や政治的権利と同じように幅広く認められてはいません。国家や国際機関や市民社会団体といった多くの異なる関係者が健康に対する権利を基本的人権としての重要性を高めることができます。

ポール・ハント(国連・健康に対する権利の特別報告者)

これまで見てきたように、貿易と女性の健康に対する権利は無関係ではありません。実際、国際貿易協定や貿易政策は、女性が社会的権利、経済的権利を実現し享受する力に、国レベル、地方レベルで影響を与えます。このため国連の組織が、貿易協定と人権(とくに健康に対する権利に焦点を当てつつ)とのリンクを強める必要性を認め始めています。国連総会は「健康の平等や貧困層の人びとの健康面でのニーズを満たす能力を実現できるよう」 開発途上国が貿易協定の影響を分析する手助けをするために、世界貿易機関世界保健機関や、貿易と保健に関連するその他の組織を招聘しました。

また国連・人権に関する小委員会は2000年より、当時高等弁務官であったメアリー・ロビンソンに、貿易協定と人権の関連性について報告するよう、数回にわたって要請しました。 最初の報告書では、食料や開発、先住民の人びとの権利を含む様々な権利に貿易協定が与える影響が認められたものの、高等弁務官が焦点を当てることに決めたのは健康に対する権利に与える影響でした。 またメアリー・ロビンソンはサービス分野での貿易の自由化と人権に関する報告書の中で、GATSが健康に対する権利に与える影響に対してかなり焦点を当てています。

同様に、国連・健康に対する権利の特別報告者であるポール・ハントは、貿易協定が健康に対する権利に与える影響に焦点を当てました。貿易協定や貿易自由化に対する人権アプローチの重要性を浮き彫りにするために、ハントはWTOへの調査を実行し、貿易協定における健康に対する権利についての報告書(ジェンダーと貿易の項を含む)を提出しました。 これらは貿易と権利の結びつきに対する国際社会の認識を表わす一例にすぎません。

貿易協定が女性の健康に対する権利に与える影響を考えると、貿易交渉において健康に対する権利と国際人権条約における国家の法的義務が考慮されることが不可欠です。ここでWTOの分析枠組に代わるものとして、あるいはその補足として女性差別撤廃条約(CEDAW)によって導きだされる人権の枠組を用いて権利を実現していくことが強調されるべきです。WTOの分析枠組は、ジェンダーの問題に注目していませんし、人権についての責務を考えてはいません。国は貿易協定の交渉をする際に、市民の公民権や政治的権利の主権を守る意思を示してきましたが、健康に対する権利やその他多くの社会権、経済的権利を考慮できずにいるため、人権の枠組は有用です。

健康に対する権利をうたう国際人権条約を用いて、活動者たちは政府が国際貿易協定交渉を含むあらゆる政策決定において、健康に対する権利を守る義務を意識することを確実にしなければなりません。活動者たちは女性の健康に対する権利を守る政府の責任を求めるためにも、国際人権の枠組を用いることができます。これらの義務を定め、健康に対する権利に法的根拠を与える文書は、政府が署名し批准した、女性差別撤廃条約(CEDAW)や国際人権規約A規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約・ICESCR)といった国際人権条約です。世界貿易機関加盟国147カ国のうち146カ国が、少なくとも人権条約の一つを批准しており、112カ国が経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約を 、137カ国が女性差別撤廃条約を 批准しているため、「貿易自由化に人権アプローチを適用する法的根拠」 があります。

女性の健康に対する権利やリプロダクティブ・ヘルス実現のための人権基盤

健康に対する権利は、単なる原則や理想ではなく、健康に対する権利は国際人権条約によって認められた法的権利です。国が尊重しなければならない法的強制力のある公民権憲法が創出するように、国際人権条約は国が守らなければならない法的に強制力のある人権を確立します。国際人権条約が国により署名され、批准されると、国は条約の義務に従わなければならず、条約で保障されているあらゆる権利を確実に実現しなければなりません。このため国際人権条約は政府の人権を実現するための責任を定める強力な法的手段であり、活動の手段となります。さまざまな国際人権条約、とくに経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約や女性差別撤廃条約は健康に対する権利や、水や衛生や食料に対する権利といった健康に対する権利の享受を直接示唆するその他の権利を認めています。これらの法的拘束力のある条約と共に国際的な合意文書や会議での採択文書は、法的拘束力はなくても、政府が健康に対する権利に最大限の努力を投じる約束をしたことを政府に再認識させるのに有効です。

女性の健康に対する権利

幅広く批准されているいくつかの国際人権条約や国際人権文書は、女性の健康に対する権利を確立しています。健康に対する権利を明示している、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第12条 は、「すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有する」ことを保障しています。女性は男性と同等にその権利を保持しています。 国連・経済的、社会的、文化的権利に関する委員会は、この権利に関するもっとも包括的な定義を明確に述べています。

健康に対する権利は、健康である権利と理解されるべきではありません。健康に対する権利には自由と権利が含まれます。自由には、自分の健康や身体をコントロールする権利が含まれます。自分の健康や身体をコントロールする権利には、セクシュアル・リプロダクティブ・フリーダム(性や生殖の自由)、拷問や同意がない場合の医療行為や実験をされないなど干渉されない権利などが含まれます。それに対して、権利にはすべての人が達成可能な最高基準の健康を享受する機会の均等を提供する医療保健システムによる保護への権利が含まれます。

女性にとってもっとも重要なこととして、女性差別撤廃条約第12条は、さらに女性の健康に対する権利や女性の医療へのアクセスの平等を具体化しています。また女性の医療へのアクセスの平等は、第14条において職場や農村における健康と安全の保全にまで広げられています。 さらに、女性差別撤廃条約一般勧告第24号は、女性の健康に対する権利の妨げになるかもしれない生物学的要因(生殖機能やHIV/AIDSへの罹患しやすさ)、社会経済的要因(不平等な力関係)、心理学的要因(拒食症や産後抑うつ症)といった要因を国が考慮することを求めています。 同様に、女性が「達成可能な最高基準の達する」ことを保障するために、国はとくに女性の健康のニーズにあった治療を提供しなければなりません。というのも、特定の病気は生物学的要因、あるいは社会学的要因により女性に異なった影響を与えたり、病気がより早く進行したりするからです。

経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約や女性差別撤廃条約を批准していない国々も、次のうちいずれかの条約を批准していれば、女性の健康に対する権利を守る責任があるでしょう。たとえば、1965年採択の人種差別撤廃条約第5条(e)(iv)、1989年採択の子どもの権利条約第11条1(f)は健康に対する権利を認め、国にその権利を守る義務を設けています。 これらの条約は、批准したあらゆる国に対して法的拘束力があります。拘束力はないものの、1946年の世界保健機関の規約 は同様に健康に対する権利を承認しています。また世界人権宣言第25条は、さらに明確に「すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に充分な生活水準を保持する権利を有する」と述べています。

すでに見てきたように、TRIPsやGATSといった貿易協定には、健康に対する権利に沿ったかたちで公衆衛生を守り、協定を履行することを認める条文があります。しかし、これまで見てきたように、これらの条文は真に健康に対する権利を保護するためには不適切であることがしばしばです。また世界貿易機関の協定は、人権の最優先やすでに存在している国の人権への責務を認めてはいません。実際、国の国際人権条約への責務を考慮する代わりに、貿易争議解決パネルは人権や労働問題や環境問題と無関係に「貿易を制限しすぎ」であるとして、異議申し立てされる規制を問題視する傾向があります。

事実、世界貿易機関では、食品の安全、知的財産権の保護、公共サービスの自由化といった問題は、個々に決定されることが一般的です。協議者たちは、健康に対する権利といった社会権、経済的権利の実現を重視するのではなく、貿易の拡大に焦点を当てます。実際、政府は保健省、環境省、女性省にあまり意見を求めずに、貿易協定に調印することが良くあります。またほとんどの国が、貿易によるジェンダー別の影響を審査する調査を実施していません。その結果、女性が社会権、経済的権利を享受する能力に貿易が及ぼす異なる影響について、調査がされていません。

リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)に対する女性の権利

女性が健康に対する権利を全般的に享受するためには、女性のリプロダクティブ・ヘルスに対する権利が尊重され、保護され、実現されなければなりません。世界中で、生殖可能な年齢(15-44歳)の女性が罹患する病気の32%が性と生殖に関連する病気です。 4人に1人が出産年齢の女性が占める開発途上国では、この負担はより重いものです。 性と生殖に関する健康は、性や生殖に関連する病気にかからないことを意味するわけではありません。しかし性と生殖に関する健康は、性や生殖に関連する病気を予防し、性や生殖に関連する病気にかかった場合に受容性があり支払い可能な医療を受けることを保障できるものでなければなりません。たとえば、性や生殖に関する健康に対する権利は、女性が妊娠の際に合併症が起こらないことを保障するものではありません。しかし、妊娠の際に万が一合併症が起きた場合に、女性が医療保健サービスを利用できることを保障します。大切なことは、優れた性や生殖に関する医療があれば、社会保障や医療への公的支出を減らすことができ、長期的には女性の教育や生産性や貧困の削減によい影響をもたらし、さらに健康や相互に関連する多くの人権にもよい影響をもたらします。

健康やリプロダクティブ・ライツの結びつきが明らかなゆえに、国際社会は女性の健康のためにとても大切なリプロダクティブ・ライツを保護し、発展させる必要を認めてきました。国連・人権委員会は、この基本的なつながりを認識して、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスは、すべての人にとって実現可能な最高基準の身体的、精神的健康を享受する権利のために不可欠な要素である」 とうたっています。女性差別撤廃条約(CEDAW)の締約国は、家族計画や、妊産婦の健康対する権利を認める と同時に、これらの権利や職場における女性のリプロダクティブ・ライツ、そして妊娠を保護する法的拘束力のある義務を受諾しました。 カイロ国際人口開発会議の行動計画において、参加国はリプロダクティブ・ヘルスへの権利をさらに推進することを誓約し、下記のようにリプロダクティブ・ヘルスについてこれまででもっとも包括的な定義に達しました。

リプロダクティブ・ヘルスとは、「リプロダクティブ・ヘルスとは、 人間の生殖システム、 その機能と(活動)過程のすべての側面において、 単に疾病、 障害がないというばかりでなく、 身体的、 精神的、 社会的に完全に良好な状態にあることをさす。 したがって、 リプロダクティブ・ヘルスは、 人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、 生殖能力をもち、 子どもを産むか産まないか、 いつ産むか、 何人産むかを決める自由をもつことを意味する。 この最後の条件で示唆されるのは、 男女とも自ら選択した安全かつ効果的で、 経済的にも無理がなく、 受け入れやすい家族計画の方法ならびに法に反しない他の出生調節の方法についての情報を得、 その方法を利用する権利、 および女性が安全に妊娠・出産でき、 またカップルが健康な子どもをもてる最善の機会を得られるよう適切なヘルスケア・サービスを利用できる権利が含まれる。 この定義に則り、 リプロダクティブ・ヘルスケアは、 リプロダクティブ・ヘルスにかかわる諸問題の予防、 解決を通してリプロダクティブ・ヘルスとその良好な状態に寄与する一連の方法、 技術、 サービスの総体と定義される。 リプロダクティブ・ヘルスは、 個人の生と個人的人間関係の高揚を目的とする性に関する健康(セクシュアル・ヘルス)も含み、 単に生殖と性感染症に関連するカウンセリングとケアにとどまるものではない」。

北京行動綱領やミレニアム開発目標等の国際文書は、開発におけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツの重要性と、その健康や福利とのつながりを強調してきました。これらの文書は国に対して法的拘束力はありませんが、国の公約やそれらの公約に従う責任を再認識させることができます。

しかし、女性の健康に対する権利と同じく、女性のリプロダクティブ・ヘルスに対する権利はWTOの交渉過程には関与していません。貿易協定は女性がリプロダクティブ・ヘルスに対する権利を行使し、享受する能力への影響という観点から評価されてはいません。これまで見てきたように、貿易協定のいくつかは国が健康を保護する余地を与えていますが、国際人権条約や国際人権文書における女性の健康やリプロダクティブ・ヘルスに対する権利を守る国の義務については明確に認められていません。そのかわりに薬の価格を上げる知的財産権といった女性のリプロダクティブ・ヘルスに直接影響を与える問題は、女性のリプロダクティブ・ライツへの考慮なしに決定されます。

健康の決定要因

健康の決定要因は、健康に対する権利や生存権を享受するために必要な、広範囲にわたる権利として理解されています。経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約委員会は、健康に対する権利を「「時宜に適いかつ適切な医療だけでなく、安全な飲み水、十分な衛生、安全な食料、栄養及び住居の十分な供給、健康的な職業及び環境条件、並びに健康に関連する教育及び情報(性と生殖に関する健康を含む)へのアクセスのような、健康の基礎となる決定要素に対しても及ぶ包括的な権利」 と定義しています。女性差別撤廃条約委員会は、「女性の健康に対する権利の完全な実現は、締約国が、栄養面での福祉に対する女性の基本的人権を尊重し、保護し、促進する義務を果たしたときにのみ、達成されうる」 として、健康の決定要因として食料に対する権利を強調しています。

これら健康の決定要因は、女性が健康に対する権利を享受する能力に大きな影響を及ぼします。たとえば、水道水が民営化され水の値段が高騰すれば、清潔な水を入手できなくなり、女性の健康に直接的、間接的に影響を及ぼします。汚れた水を飲んだり、汚れた水を浴びたりしてコレラや下痢を患うなら、女性は直接的にその被害を受けます。倹約し家族に水を運ぶために、遠距離を移動し、安全ではない水を汲みとり、自分が食べる食べ物や飲み物を減らす時に、女性は間接的な被害を受けます。不充分な栄養、汚れた水、重荷を負う過重な労働は、健康にマイナスの結果をもたらします。同様に、不適切な衛生状態、不充分な食事や貧困はすべて、女性の健康に対する権利に悪影響を及ぼします。

世界貿易機関WTO)は食糧問題や貧困問題を検討するかもしれませんが、残念ながらWTOの焦点は貿易を拡大・増大することにあり、健康に対する権利を享受するために必要な要因や健康を改善することではありません。水道水の民営化に見られるように、貿易や金銭的利益に焦点を当てることは、基本的人権が企業の利益に屈する状況につながります。WTO協定のいくつかは、これらの健康の決定要因を人びとが享受するのを助けてくれますが、WTOは貿易には勝者と敗者が存在すると見なす傾向があります。したがって必然的に、ある人たちへの水や衛生や充分な食料が犠牲となります。

相互関連する権利

女性の健康に対する権利の享受は、女性のその他の人権に前向きの結果をもたらします。それに対して、健康に対する権利が享受できない状態は、その他の権利の享受を妨げます。たとえば、医療を利用する権利を享受できない女性は、コンドームを利用することができないため安全な性行為ができません。その女性は、子どもを持つかどうか、いつ子どもを持つかを決められないかもしれません。医療を手軽に利用できないため、性感染症を治療できず、望まない妊娠をしてしまうかもしれません。女性が重い病気にかかれば、働けず自活できなくなるかもしれません。

相互に関連する権利の性質により 、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約委員会は「健康は、他の人権の行使にとって不可欠な基本的人権である」 と認めています。女性差別撤廃委員会は、健康に対する権利や、教育へのアクセス、職場における安全や健康の保護といったその他のCEDAW条文の相互のつながりを認識するよう促しました。たとえば健康に対する権利は、生存権にとって不可欠であり、女性のプライバシー権を含みます。 市民的および政治的権利に関する国際規約の施行を監視する人権委員会すら、「雇用者が女性の採用前に妊娠検査を要求するという民間人による女性のプライバシー侵害のおそれ」 をコメントしています。これはプライバシー権への侵害であり、女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツとも密接な関係があります。市民社会や女性は、貿易協定の策定過程において意見を求められることがほとんどないため、自己決定への基本的権利もこれに関わる可能性があります。生存権プライバシー権、自己決定権は健康のための権利に関連する多くの政治的権利、社会権、経済的権利のうちの一つにすぎません。

WTOにおける交渉は、概して人権の相互関連性を考慮しません。WTOは貿易のみを扱うとされているため人権は別問題となり、したがってWTOの問題ではなくなってしまっています。食料の安全に関する規制が食料を得る権利に影響を与える可能性があるという認識があっても、食料を得る権利と生存権、雇用権、居住権とのつながりは認められていません。

非差別、実質的な平等と健康に対する権利

非差別

人権が平等に尊重され、保護され、実現されるという非差別の原則は、国際人権法のまさに土台となるものです。 事実、国際法律委員会は最近、少なくとも人種に基づく非差別の原則は国際法の決定的な規範であると確認なしました。 法的拘束力のある国際人権条約は、非差別が締約国の義務の中心にあることを明らかにしました。

たとえば市民的および政治的権利に関する国際規約は、「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしに」 各国が市民的権利、政治的権利を尊重し、保障することを要請しています。また同規約は、法律があらゆる差別を禁止し、差別に対する平等で効果的な保護を保障するよう要請しています。 同規約はさらに、男性と女性が権利を享受する平等な権利が保障されなければならないことを明らかにしています。 同規約の第2条と第26条への一般勧告において、人権委員会は差別の目的や影響がある行為を含む差別の定義を採用し、国があらゆる差別を通知することを要求しています。

同様に社会権や経済的権利に関しては、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約が、締約国に「すべての経済的、社会的及び文化的権利の享有について男女に同等の権利を確保することを約束する。」ことを義務づけています。また第2条(2)は、締約国が「この規約に規定する権利が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。」と義務づけています。女性と男性は明らかに、健康に対する権利を含むあらゆる人権を同じレベルで享受する権利があります。

実質的平等

女性の権利にとってもっとも強力な法律文書である女性差別撤廃条約は、男性と女性の平等が単に形式的なものではなく、実質的な平等となるよう求めています。この条約において、女性に対する差別は「性に基づく区別、排除又は制限であり、女性が男女の平等を基礎として人権を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するもの」 のことをいいます。つまり、法律が意図的に女性を差別しなくても、結果的に女性を差別するとしたら、女性差別撤廃条約における国の義務を果たしていないことになります。人権を専門とする女性たちが作成した、女性の経済的、社会的、文化的権利に関するモントリオール原則が述べているように、政策は「女性の社会的につくられた不利益を考慮に入れ、女性に同等の社会保障を法律と施策の両面で保障し、現実の生活の中で女性に平等を与えるように」 作られなければなりません。

要するに、実質的平等の原則は、形式的平等を付与する法令を通過させるだけでは、締約国は人権条約における義務を果たしていないことになると示しています。国は男性と女性の平等を現実のものとしなければなりません。したがって女性が男性医師の往診を受けたがらない地域であるにもかかわらず、ほとんどの医師が男性である場合、国は医療へのアクセスの平等を法律で認めたとしても、その義務を果たしたことにはなりません。健康に対する権利を行使する平等は達成されても、差別は存在し続け、この平等は実質的なものではありません。したがって、数々の人権条約において、意図しない差別も健康に対する権利の侵害であり、条約不履行となります。

WTOにおける非差別と実質的平等

国際人権法、とくにCEDAWに組み込まれている非差別や実質的平等の原則によれば、WTOの貿易協定が一見中立的で差別する目的がないように見えても、結果的に女性を差別していれば差別的であるとされます。その場合、差別的な結果が起こることを容認することで、WTOの加盟国や国際人権条約の批准国は人権を守るという責務を不履行しているといえます。

それに反して、WTOのルールには、個人に関して、実質的平等の原則といったものは含まれていません。WTOの協定は非差別を強く主張するものの、貿易協定における非差別と、人権条約における非差別には根本的な違いがあります。WTO協定は、最恵国待遇と同様に、国内企業と外国企業と国の間の非差別を要求します。それに対して、人権条約は個人に対する非差別を要求します。当時の国連高等弁務官は、「人権条約における非差別の原則は、貿易のルールが貿易のゆがみを最小限に抑える必要に与える影響だけでなく、個人、とくに弱い立場の個人やグループに与える影響を考慮し、それにしたがいルールを定めることをいう」 と述べています。

健康に対する権利に関する特別報告者によれば、「貿易の理論家や開発論者たちは貿易の自由化や開発の過程で、“敗者”が出てくることを受け入れているのに対し、人権アプローチはあらゆる人、とくに“敗者”になる可能性のある人びとの権利を守ることに焦点を当て、それにしたがい政策を策定します。」 したがって、女性の権利を擁護する人たちは、女性が新たな貿易のルールのもとで“敗者”になることを容認するのではなく、女性が人権法の非差別と実質的自由の原則により確実に保護されるようにしなければなりません。

国が健康に対する権利を実現する義務

国は国際人権条約に批准したら、性別を問わずあらゆる個人が条約に含まれる人権を行使し享受できるよう保障する法的義務があります。健康に対する権利に関して、国際人権条約の締約国はあらゆる人びとが健康に対する権利を享受できる環境を保障する義務を担っています。WTOに加盟しても、人権条約の加盟国である以上は人権を守る拘束力ある責務から免れたわけではありません。むしろ、健康に対する権利を尊重し、保護し、実現する法的義務を受け入れ、締結国は「達成可能な最高基準の身体的・精神的健康をすべての人が享受できるよう、国際機関の加盟国が充分に考慮するよう保障すること」を確実に行わなければなりません。また締約国は「国際協定の適用が、安全で効果的で、手ごろな価格で、防止に役立ち、病気に効果的で、痛みを緩和する調合薬や医学技術を幅広く利用できるよう推進する公衆衛生政策を支持すること」 を保障しなければなりません。

条約監視機関は、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約と女性差別撤廃条約の締約国に健康に対する権利を守るよう、その責務についての指示を与えました。健康に対する権利に関する国の責務の原則をもっとも包括的に適応しているのは、締約国の義務を明確に述べた経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第12条への一般勧告第14号です。国際人権A規約第14条は、健康に対する権利への国の責務(利用できる度合い、アクセスのしやすさ、受容性、質の高さ、権利を尊重し、保護し、実現する責務)を国がどう実現するかについての分析への二つのアプローチを明らかにしています。また女性差別撤廃条約(CEDAW)第12条の一般勧告第24号は、女性の健康のための権利を尊重し、保護し、実現する国の法的責務をさらに明確にしています。

利用できる度合い、アクセスのしやすさ、受容性、質の高さ

健康に対する権利を実現するには、医療施設が利用しやすく、アクセスしやすく、基準を満たし、質の高いものでなければなりません。医療が利用できるには安全な飲料水や適切な衛生状況といった健康要因を含む医療を国が提供しなければなりません。医療関係者には他に引けを取らない待遇がなければならず、薬も充分に利用できなければなりません。アクセスのしやすさは、(女性といった弱い立場にある人びとにとっても)差別を受けることなく医療が利用でき、距離的にも利用できる範囲にあり、経済的にもアクセスしやすい(つまりどの人にとっても手頃な料金であること)といった要件を満たさなければなりません。医療問題に関する情報も簡単に入手できなければなりません。医療がその基準を満たすためには、「女性が情報の提供をよく受けた後で同意することができ、女性の尊厳を守り、守秘義務を守り、女性のニーズや視点に敏感であるよう保障し」 なければなりません。強制的な妊娠中絶や就労のための強制的な妊娠検査といった強制的なしきたりは受け入れがたいもので、女性の尊厳やインフォームド・コンセントへの権利を侵害します。 最後に、医療設備と同じように水や衛生といった健康の要因も質の高いものでなければなりません。

国が尊重し、保護し、実現する義務

人が病気になるたびに、健康に対する権利が侵害されるわけではありません。むしろ、国が健康に対する権利を尊重し、保護し、実現できなかったがゆえに(部分的理由、あるいは全般的理由)、健康でない状態が生じる場合、人権侵害となり